漫歩マンの寿大学活動記録
2006.9.12(火) 2年生 第4回目 飛鳥路
久しぶりの寿大学ハイキング。
7時半頃自宅をスタートする頃は曇り空。
8:50 橿原神宮前駅に着くともう大勢のメンバーが集まっていた。
1年生=21名、2年生=25名それにビデオ班=2名と係の方3名の総計51名。
9:37 甘樫の丘行きのバスに乗る。(230円)
小型のバスで我々の団体で満員、その上一般客も何人か乗り合わせる。
10:00 甘樫の丘バス停で降車して標高148mの丘に登る。
雨が降っている。
10:20 飛鳥水落遺跡。

水落遺跡 説明板

日本書紀に斉明6年(660)、中大兄皇子がはじめて漏剋(水時計)をつくった記事があります。この水時計を据えた時計台の遺跡が、飛鳥寺の西方で発見されました。

10:27 飛鳥座神社。
雨はどんどん強くなってくる。

ここでは神主さん(その名も「飛鳥弘文氏」87代目の神官)のお話を聞く。
当神社の由緒、天下の奇祭「おんだ祭り」のこと等々。

飛鳥座神社

飛鳥座神社
祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)・高皇産霊命(たかみむすびのみこと)・飛鳥三日比売命(あすかみかひめのみこと)・大物主命(おおものぬしのみこと)の四座。その他にも参道には小さな社がたくさん並んでいて、それぞれに寄進されたものだとか。


子宝信仰
特に目につくのが境内に並ぶ陽石(男性の性器の形をした石)の数々。お参りして子宝に恵まれた人が奉納したものといわれ、現在も厚く信仰されている、とか。
11:00 藤原鎌足生誕地という大原神社。すぐそばには鎌足の母大伴夫人(おおとものぶにん)の墓もある。
雨は降りっぱなしで止みそうにはない。
11:17 飛鳥大仏の飛鳥寺。

大仏の飛鳥寺

飛鳥寺は588年に百済から仏舎利(遺骨)が献じられたことにより,蘇我馬子が寺院建立を発願し,596年に創建された日本最初の本格的な寺院。
法興寺・元興寺ともよばれた。現在は安居院(あんごいん)と呼ばれている。


このお寺の裏手には「蘇我入鹿の首塚」があり、そのずーっと向こうには先ほど登った甘樫の丘が見える。

飛鳥寺

蘇我入鹿の首塚
飛鳥板蓋宮を通り、石舞台を横目に見て
12:25 橘寺にて昼食、休憩。
食後は12月に行われる文化祭の練習で「雪山賛歌」「ピクニック」「山男の歌」等の歌を歌った。

雨は止みそうでも止まない。
13:43 亀石。

亀石
亀石にまつわる昔話

むかし、むかし、大和一帯が湖であった頃、当麻(たいま)のヘビと川原のナマズがけんかをしました。両者は激しくわたりあったが、とうとうナマズが負けてしまい、湖の水はすっかり当麻に取られてしまいました。負けた川原のあたりはすっかり干上がり、亀はみんな死んでしまいました。

亀を哀れに思った村人たちは、亀の供養にと「お亀石」を造って祀ったということです。いま、亀石は南西に向いていますが、それが徐々に位置を変え、西を向き当麻のほうを睨みつけると、大和一帯は大洪水になるのだという。
13:55 高松塚古墳で休憩。
天武天皇・持統天皇の御陵を拝む。
14:00 鬼の俎板・雪隠。

鬼の雪隠
14:15 檜隈墓では猿石。

さるいし

ヒガンバナがようやく見られた。
14:45 文武天皇陵。
15:10
飛鳥駅着。
谷係長の挨拶で解散。

飛鳥駅前
本日の総歩行数:22,299歩、約16Km。
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