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久しぶりの寿大学ハイキング。 7時半頃自宅をスタートする頃は曇り空。 |
8:50 |
橿原神宮前駅に着くともう大勢のメンバーが集まっていた。 1年生=21名、2年生=25名それにビデオ班=2名と係の方3名の総計51名。 |
9:37 |
甘樫の丘行きのバスに乗る。(230円) 小型のバスで我々の団体で満員、その上一般客も何人か乗り合わせる。 |
10:00 |
甘樫の丘バス停で降車して標高148mの丘に登る。 雨が降っている。 |
10:20 |
飛鳥水落遺跡。
水落遺跡 説明板 |
日本書紀に斉明6年(660)、中大兄皇子がはじめて漏剋(水時計)をつくった記事があります。この水時計を据えた時計台の遺跡が、飛鳥寺の西方で発見されました。 |
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10:27 |
飛鳥座神社。 雨はどんどん強くなってくる。
ここでは神主さん(その名も「飛鳥弘文氏」87代目の神官)のお話を聞く。 当神社の由緒、天下の奇祭「おんだ祭り」のこと等々。
飛鳥座神社 |
飛鳥座神社 |
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祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)・高皇産霊命(たかみむすびのみこと)・飛鳥三日比売命(あすかみかひめのみこと)・大物主命(おおものぬしのみこと)の四座。その他にも参道には小さな社がたくさん並んでいて、それぞれに寄進されたものだとか。 |
子宝信仰 |
特に目につくのが境内に並ぶ陽石(男性の性器の形をした石)の数々。お参りして子宝に恵まれた人が奉納したものといわれ、現在も厚く信仰されている、とか。 |
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11:00 |
藤原鎌足生誕地という大原神社。すぐそばには鎌足の母大伴夫人(おおとものぶにん)の墓もある。 雨は降りっぱなしで止みそうにはない。 |
11:17 |
飛鳥大仏の飛鳥寺。
大仏の飛鳥寺 |
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飛鳥寺は588年に百済から仏舎利(遺骨)が献じられたことにより,蘇我馬子が寺院建立を発願し,596年に創建された日本最初の本格的な寺院。 法興寺・元興寺ともよばれた。現在は安居院(あんごいん)と呼ばれている。
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このお寺の裏手には「蘇我入鹿の首塚」があり、そのずーっと向こうには先ほど登った甘樫の丘が見える。
飛鳥寺 |
蘇我入鹿の首塚 |
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飛鳥板蓋宮を通り、石舞台を横目に見て |
12:25 |
橘寺にて昼食、休憩。 食後は12月に行われる文化祭の練習で「雪山賛歌」「ピクニック」「山男の歌」等の歌を歌った。
雨は止みそうでも止まない。 |
13:43 |
亀石。
亀石 |
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亀石にまつわる昔話
むかし、むかし、大和一帯が湖であった頃、当麻(たいま)のヘビと川原のナマズがけんかをしました。両者は激しくわたりあったが、とうとうナマズが負けてしまい、湖の水はすっかり当麻に取られてしまいました。負けた川原のあたりはすっかり干上がり、亀はみんな死んでしまいました。
亀を哀れに思った村人たちは、亀の供養にと「お亀石」を造って祀ったということです。いま、亀石は南西に向いていますが、それが徐々に位置を変え、西を向き当麻のほうを睨みつけると、大和一帯は大洪水になるのだという。 |
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13:55 |
高松塚古墳で休憩。 天武天皇・持統天皇の御陵を拝む。 |
14:00 |
鬼の俎板・雪隠。
鬼の雪隠 |
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14:15 |
檜隈墓では猿石。
さるいし |
ヒガンバナがようやく見られた。 |
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14:45 |
文武天皇陵。
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15:10
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飛鳥駅着。
谷係長の挨拶で解散。
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飛鳥駅前 |
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本日の総歩行数:22,299歩、約16Km。 |